浄土真宗の御教え 本願寺 眞無量院の浄土真宗の御教えについて紹介いたします。

經如上人と東本願寺の復活

本願寺の東西分立以来、全国の浄土真宗門徒の心の帰依処として、400年近くも京都にあった宗教法人本願寺(東本願寺)の消滅は、浄土真宗門徒のみならず、日本の宗教界全体に、大きな衝撃をあたえるものでした。この昭和の法難とも呼ぶべき事態に、誰よりも大きく心を痛められたのは、後に經如上人として東本願寺第25世法主を継承される闡如上人の御次男である大谷暢順台下であります。

昭和の法難の最中、暢順台下の兄君にあたる大谷光紹台下は、闡如上人のお呼びかけにこたえて東本願寺東京別院を真宗大谷派から離脱させ、同じく離脱した東本願寺末寺と共に、浄土真宗東本願寺派をおこされました。一方、暢順台下は「教如上人が創立された東本願寺宗門を復活させなければ、親鸞聖人から連綿と受け継がれた本願念仏の御教えが、法統が潰えてしまう」というお考えを示され、大谷派によって消滅してしまった宗教法人本願寺を京都の地で復活させるべく、孤軍奮闘されるのでした。

蓮如上人500回御遠忌を目前にひかえた平成8年(1996)、暢順台下は真宗大谷派を離脱され、東本願寺の法統護持のために、東本願寺の礎となる寺基を、かつての烏丸六条の地(現真宗本廟)から、大谷家ゆかりの御山である六条山へと移されました。そして同11年(1999)、一度は消滅してしまった宗教法人本願寺(東本願寺)は、ついに京都伏見の地で復興を遂げたのでした。

暢順台下は、多くの僧俗門徒が見守る中、復興を遂げた本願寺の阿弥陀如来の尊前において、東本願寺第25世法主を継職されました。

東本願寺第21世法主厳如上人の御意志を受け継ぎ、一人でも多くの人が信心を獲得するべく、日本国内外にわたる教化活動に身を捧げておられるのです。